雪の華



薄暗い書斎にぼんやりと映る人影。机に置かれたランプの光がその人物の顔を照らし出している。
只、この狭い書斎にはそれだけでも充分すぎて、窓越しに見える月がやけに明るく見えた。
鮮血の様に赤く映える月を見上げ、影の主は口元に笑みを浮かべていた。だが――

「ユラナスさん」
名を呼ばれ、部屋の闇を破られ、振り返ると同時に部屋全体が明るく灯る。
あまりの眩しさに目を細め、ユラナスは声の主を見遣った。
「クロノ、何の用だ?」
目の前の長身の男を見上げ、視線を合わせる。
クロノと呼ばれた男は笑顔で歩を進め、そっとユラナスの手を取った。
「あまり部屋に篭っているのは体に悪いですよ。たまには外に出ませんか」
「こんな時間にか?」
視線を逸らし書斎の机にある時計に目を遣ると、長針は0時を指そうとしていた。
他の者はとうに休んでいて、この時間まで起きているのは自分と、自ら周りを手伝ってくれるクロノのみだ。
「さ、早く」
笑顔を浮かべたまま握っている手を引っ張り、クロノは強引にユラナスを外に連れ出した。
クロゼットから引っ張り出してきたコートしか身につけていないせいで、外気に晒された肌が赤く染まる。
寒さのあまりユラナスが、『はぁ』と息を吐くと、暗闇の中に小さく白い蒸気が上がり、音も無く消えた。
その直後、自分の首に柔らかい物がかけられる。
きゅ、と端を掴むと毛糸を編み込んだ長い物が巻かれていた。
「これで少しは寒くないですよね」
ふとクロノの首を見ると同じ物が巻かれており、互いの間にも編み込まれた毛糸が垂れ下がっていた。
「……すまないな」
「それじゃあ、行きましょうか」
ユラナスの手を取ると、先程とは違い自分の指を絡ませぎゅっと握り、夜の街へと歩き出した。


――この男は何処へ行く気なのだろう。
こんな夜中に出た所で、何処か店に入る訳でも無い。
只、明かりの灯る街中を二人で歩くのみ。
『何の為に自分を外に出したのか――』そればかりが頭をよぎっていた。
「ユラナスさん?」
「あ、あぁ…何でもない」
声をかけられ、慌ててその場を取り繕うとするものの、そんなユラナスの様子が可笑しくて、クロノはクスクスと 笑ってしまう。
「ば、馬鹿にするのもたいがいに…っ!!」
そんな様子を笑われて、ユラナスは顔を真っ赤にして腕を振り上げる。
向かってきた腕をスッと軽くかわすと、手首を掴み、寒さで悴んでいる手に温かい息を吹きかけた。
急に感じる熱にますます顔が赤くなる。クロノのそんな配慮に吹きかけられた場所が熱を取り戻していく。
そんなやり取りをしていると、二人の間に白い欠片が音も無く舞い落ちて来た。
「…雪だ」
共に空を見上げると、暗闇の中を雪が舞い、互いの鼻先を冷たく濡らす。
「もう冬ですしね」
「…そうだな」
鼻先に付いた滴を指先で拭うと、ユラナスの頬に手を当て、ぐいと顔を近づけた。
紅潮した顔を背けクロノから視線を逸らすが、冷たい頬に柔らかな物が触れる。
クロノが自分の頬に口付けていると瞬時に理解した。
ただ、振り向くにも頬をしっかり押さえられているせいで頭を動かす事すら出来ない。
温かい感触が頬から離れると、顔を赤くしてクロノに視線を合わせた。
「…クロノ…っ!!」
半ば照れくさそうに自分を見るユラナスが可愛くて、クロノは笑顔を浮かべたまま見つめている。
ふとユラナスの頭部に視線をやると、雪が溶けたせいで短い髪が濡れているのに気付く。
視線を落とすと自分達の周囲にもうっすらと雪が積もっていた。
「いつまで外にいさせるつもりだ?」
寒さに身を震わせながらユラナスが呟く。
『風邪を引いたらどうするつもりだ』と赤みの引かない顔で言葉を続けた。
「……可愛いから」
「…えっ?」
「ユラナスさんの頬が赤く染まって…可愛いから」
そこまで言うと、両肩にそっと手を添えてユラナスを正面から見つめる。
「キス…してもいいですか?」
いつも以上の優しい笑みを浮かべ、クロノの顔が近づいてくる。
突然の告白にどうしたらよいかとユラナスは顔を赤くしたまま硬直していた。
そして――
白い雪の舞う静寂の中、二人の唇が重なる。
肩にかけていた手を背中に回し、引き寄せるように深く口付ける。
こんなにも寒いのに互いに触れている場所だけが温かく、その心地良さにユラナスは目を瞑った。

どれだけの時が経っただろうか。
唇が離れると、ユラナスは力を失ったかのようにクロノにもたれてしまう。
その様子に自分の手をユラナスの額に当てると、僅かながら熱を帯びているのを感じ取った。
「…もう部屋に戻りましょうか。熱もあるみたいですし」
「こうなったのは誰のせいだ!!大体…っ」
言い終わらないうちにクロノはひょい、とユラナスを抱き上げると、早い足取りで部屋を目指した。
勿論、抱き上げた本人を無事に送る為だけでは無いと嫌な予感を感じたユラナスは、すぐに下ろす様訴えるが、 クロノは気にも留めず、その足は少しずつ確実にユラナスの寝室へと向かっていく。
ドアを開き寝室に入ると、出かける時につけっ放しにしていたランプの灯りを頼りに、腕の中のユラナスを音を立てない様に ゆっくりとベッドに下ろす。
やっとクロノの腕から解放されるという安堵感と同時に、次に何をされるかとユラナスは心底不安になる。
触れられている訳でも無いのに、先程より熱が上がってきたせいでみるみる全身に熱が回っていく。
呼吸をするのがやっとという位で、息を切らしながら焦点の定まらない瞳でクロノに視線を送った。
「も…時間も…遅い。戻って…休んで…お…け」
「いえ…。今夜は…ずっと傍で看ていてあげますから」
ぎゅ、とユラナスの手を握ると、何かに念じる様に自分の額にその手をあてた。
自分の体温よりも少し冷たい感覚が何処か心地良く、ユラナスはそっと目を閉じる。
「心配かけて…すまないな…」
謝罪の言葉など自分らしくもないが、こんなにも想ってくれている人がいる。
今の自分はとても幸せな環境にいると、クロノのおかげで改めて確認させられる。
そんな事を思いつつ、少しでも体を休ませようと眠りについた。
薄れる意識の中、自分の名を呼ぶ声を聴きながら――



Fin



もうすぐ冬という事もあって、雪にちなんだ話を書いてみた訳なのですが、
寒い中クロノがユラナスさんを連れ回して、挙句の果てに風邪引かせるという狙った様な内容に…。
何かうちのクロノは色々仕組むの好きらしいです(ナニソレ
雪降ってる中でのキスは最初から考えてたので、私も仕組んで付けちゃいました(^^;
ちなみにこのssは風しずく様へ贈らせて頂きます♪

2005.11.29.

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